BMW K100RS Over 100,000km Project
説明書に見るBMWの哲学

BMWはドイツの会社だけあって独自の哲学、悪く言えばクソ親父みたいに頑固な面を持っている。説明書にもそれが現れていて、細かく読むと普通の日本人にとっては笑える箇所が多い。何故こんな面白い説明書が書けるのか、説明書から読み取れるBMWの哲学について、ちょっと考えてみたい。

そもそも、中古車なのに新品の説明書がついてくるところでまず驚く。今まで俺はバイクも車も中古車しか買ったことがない(考えてみれば、今度のK100RSで6台目にもなる)が、説明書がついてきたことなんて一度もない。そしてそれを不思議にも思わなかった。それが、なんと今回はついてきたのだ。しかも新品で。さすが認定中古車、と言ってしまえばそれまでだが、こんなところにもBMWの品質に対する自信と考え方が伺い知れる。認定中古車=慣らしの要らない新車、と言い切るのは相当の自信がないと出来ることではない。ちょっと古くなると説明書どころか部品さえ無くなる日本メーカーにも見習って欲しいものだ。(ちなみに、BMWの認定中古車のパンフレットにはBMWが最初に量産したバイク、R32まで載っている。)

さて、問題の説明書である。正確には、説明書ではなくRider's Handbookである。バイク用のくせに、下手な車の説明書よりボリュームがある。中を見てみよう。幾つかの章に分かれていて、「操作のしかた」「安全のヒント」「ライディングのヒント、簡単な修理」「各部の仕様とメカニズム」「手入れとメインテナンス」「サービス確認証」となっている。項目自体は至極当たり前なのだが、この中身が面白いのだ。

まずは「操作のしかた」から始まる。この章はバイクの構成部品の説明やらその操作方法なので、特に面白い点はない。まあ多少は面白いところもあるが、他の章に比べると大したものではない。次の章「安全のヒント」から俄然面白さを増してくる。

この章では、まず最初に「BMWに関する限り、定期的にエンジンオイルレベルを点検する必要がある」と述べている。これは販売店でもさんざん言われたことだが、こう書くのならちゃんとその理由も述べて欲しいものである。確かにBMWのオイルはやたらと減る。オイル代を稼ぎたいんじゃないかと疑いたくなる位減ってくれる。1500km程度で400ccも追加しなければならない位減る。しかもどこからも漏れていないのに。

そのあとはタイヤはちゃんと変えろ(わざわざ「転ばぬ先の杖」なんて諺を使っている)、空気圧の点検を怠るな、走る前にブレーキやライトを点検しろ、と当たり前の項目が並ぶ。そしていきなり「個人の適性」なる節が現れる。ここがこの章のハイライトである。

ここでは、適性というよりモーターサイクルに乗るときの心構えを述べている。最初に、世代から世代へモーターサイクリストの間で受け継がれている戒め、として5つ挙げている。まず最初の3つ。

確かにその通りであり、この意見には賛同する。でも、こんなこと普通説明書に書くか?

その次も面白い。長いので要約すると、

言いたいことはわかるが、その「よそで忙しければ」っていうのは一体なんなんだ? そして最後の1つが最高に面白い。 このあとも酒を飲んではならない云々の話が続く。いやあ、それにしても説明書で飯の食い方を説明されるとは思わなかった。しかも日本語訳で「腹いっぱい」なんて言葉を使ったりして、丁寧なのか適当なのかわからないのも笑える。この食事の仕方に従わないと、まさか壊れても保証しないんじゃないだろうな。仕方がないので俺はツーリングするときにはいつも昼飯はそばかうどんにしている。

そして次の節ではヘルメットや服装について述べている。このヘルメットの説明も面白い。要するにBMW純正の”システムヘルメット”を売り込みたいだけなのだろうが、その理由の一つとして「ヘルメットは公式のテストに合格し、ライダーの頭にフィットしたものでなくてはなりません。しかも中世の拷問を受けているような感じを受けないヘルメットでなければなりません。」とある。日本ではどこのバイク初心者向けの本を見てもこんな書き方はしない。そもそも中世の拷問って一体何なんだ。それを書いてくれないとどういう感覚が良くないのか、わからないではないか。

そして服装だ。ここではレザーなりライディングスーツなりをきちんと着なさいよ、と述べているのだが、また最後に宣伝している。「必要なライディング用の装備はご自分のものですか、それとも同乗者のためのものですか。どちにしても(注:おそらく「どちらにしても」の誤植であろう。BMWにもたまにはミスがある)最寄りのBMWモーターサイクル代理店を訊ねていただくだけで結構です。BMW純正アクセサリーが豊富に揃っていて、どのような選択でもできますからきっと驚かれると思います。」と述べている。おそらく日本人のBMW乗りのかなりの数はこの説明に従っているのだろう。ツーリング先で見かけるBMWライダーのオッサンは、かなりの割合でBMWとデカデカと書いたジャケットを着ている。宣伝効果はあったと見て良いだろう。

続いて「ライディングのヒント、簡単な修理」の章に移る。前半の「ライディングのヒント」がなかなか面白い。まずいきなり「オフロードライディング」から始まる。このバイクの説明書でオフロードから始まるのが驚きである。そして続いて「超微速ライディング」となる。ここではスロットルの微妙な操作の仕方を会得させようとしている。そして次が「直線ライディング」である。この節は「この見出しを見て驚きましたか。」とまずボケることから始まる。そして「いつも目をしっかりと開いていて下さい」「いつも前を見て、”ディフェンス”にまわって走って下さい」と太字で述べている。週末はぼんやりしたドライバーが多いとか、トラクターが停っていたらどうするか、などについて延々と説明し、ライディングに専念せよ、と結んでいる。

そしてこれらのあまり普段は見かけない項目に続いて、ようやく「コーナリング」の節に入る。ここで一般的なことについて述べて、続いて「縁石の乗り越え方」「二人乗り」「雨中走行」と続く。ここでは殆ど当たり前のことばかり書いているのだが、こんなことは日本車の説明書にはまず書いていないだろう。そして例によって純正パニアケース、タンクリュック(要するにタンクバック)等について宣伝して、整備の仕方へと移っていく。

整備については、一般的な項目がそこそこ丁寧に書かれている。フロントホイールの外し方が書いてある割には、オイル交換の方法が書かれていないのが解せない。そして最後の「技術的変更」の節に来る。ここではいきなり「あなたは個性派ですか? 多分そうにちがいないと思います。さもなければ、まずこのすばらしいモーターサイクルを選んではいなかったでしょう。」と始まる。この説明書は正しい。このモーターサイクルがすばらしいかどうかは別として、俺が個性派であるのは事実である。しかし、日本においてはこのバイクに乗るためにはわざわざ苦労して免許を取らなければならないので、まず間違いなく個性派であろう。そしてここでも、もっと個性的に改造したければBMWモーターサイクル代理店に行け、と宣伝してこの章を終わっている。

次の「各部の仕様とメカニズム」では、このバイクのことをかなり詳しく記述している。このへんは日本の車(not MC)の比ではない。最後には電気回路図まで載っている。しかしこれも最近のR1100等では、複雑になり過ぎて載せられなくなったらしい。ここは純粋にバイクを知る、という点で面白いが、笑えるかどうかというとまったく笑えない。当たり前だが。

さらに進んで「手入れとメンテナンス」の章に移る。ここでは先の「簡単な整備」では記述されなかった項目について述べられている。ここでようやくオイル交換が登場する。しかし、BMWはそうやすやすとユーザーにオイル交換という商売のネタを自分でやらせようとはしない。「ただし、自分でやる前に次の点を考えてみて下さい。あなたが工場の推奨する正しい部品を使用し正しい手順を守ってゴミなどが入らないようにし正しくオイル交換を行えるとしても、古いオイルやフィルターエレメントはどうしますか。BMWモーターサイクル代理店でオイル交換してもらえば、こうした問題を考えずにすみます。また、その費用も時間の節約となることを思えばきわめて適正です。」と述べている。こうもまわりくどい書き方をしなくてもいいじゃないか、と思うのだが。続いてエアフィルター、フォークオイル、バッテリー交換方法等を述べて、この章を終わる。

そして最後の「サービス確認証」である。最初のページは、ある距離(または6カ月、12カ月)ごとの点検を行ったことを記述しておくためのスペースである。BMWサービス○○km、なんていうのがいくつも並んでいるのだが、○○が7500kmから始まって、何と120000kmまで枠がある。日本では120000kmなんて車でさえかなり非現実的な数時であるが、これを堂々と書いてしまうところにBMWの自信を感じるとともに、頼もしさを感じる。これでオイル代や部品代が安ければ言うことないのだが。

次のページで距離ごとのメンテナンス項目を記述し、最後はおきまりの「純正部品を使うように」といったことを書いて、この章を締めている。そもそも日本では社外部品なんて殆ど手に入らないのだから、純正を使わざるを得ないのでこの記述は無意味なのだが、最後の「品質保証」のところが笑わせてくれる。「BMW純正部品は新車を構成している部品と同一です。BMW Motorrad Gmbh +Co. はこれらの部品が材料、製造技術に於いてBMWの基準に適合していることを保証します。  細部に至るまでBMW」だそうだ。細部に至るまでBMW.....ホントか? ライトにはCIBIEって書いてあるぞ。そういう意味じゃないって。

最後に索引があって、説明書が終わる。いやー堪能させてもらった。改めて読み終わった説明書を眺めると、表紙と背表紙はバイクの写真ではなく、BMWの誇る「コンパクトドライブシステム」だ。こんなところにも何らかのBMWの意図を感じる、というのは考えすぎだろうか。


さて、笑ってばかりはいられない。ここからBMWの哲学を読み取らなければならない。説明書が笑えるのは日本語の訳し方の問題もあるのだろうが、何よりも一つ一つの項目がやたらと徹底しているのが面白い。日本では、説明書と整備書の間には歴然とした差があり、説明書は殆ど意味がないことが多いのだが、この説明書はそんなことはない。説明書にもはっきりとした意味を持たせようとしていることが見て取れる。普通バイクに乗るときのメシの食い方なんて書かないっての。

そしてこれらは単に拘りがあって書いているだけではなく、いかに安全であってほしいかというBMWの考え方の現れでもある。バイクは特に運転者の技量が事故に直結するので、この点に重点を置くのは間違いではない。そもそも、あまりにバイクの事故が多いとバイクが売れなくなり、業績が悪化するからそれを抑制したい、といううがった見方もできるが、欧州ではこんなのは当たり前で、日本がいかに安全に乗るということに無関心であるか、という見方もできる。

こう考えると、説明書でやたらと純正部品を使え、代理店に頼め、と書いているのも納得がいく。まあ日本車でもそう書いてあるのだが、何故純正部品なのか、何故代理店なのかの理由が希薄である。ここまでくどくどと書かれると、「ははぁー、わかりました」という気分になってしまう。

さあ、そろそろまとめてみよう。説明書から読み取れたのは、

最後の2つは冗談だが、とにかく色々読み取れて、この説明書は面白い。それだけでも読む価値はある。実は整備書も買ってみたのだが、これは全然笑えなかった。当たり前だけど。

Over 100,000km Project